2011年09月03日

向き不向き



 誤解を覚悟で率直に言うと、アラブ人というのはつくづく民主主義の根づきにくい人種だなぁと思う。
 個人的には民主主義が最高の政治制度だとは思っていない。但しチャーチル(だっけ?)の言うように「長い目で見れば他よりマシ」だろう。フリードリヒ大王は良王だったが、彼の子孫や後継者たちが同じであるとは限らない。
 しかし民主主義は主権者たる国民が賢くなければ存続できない。新しい政治体制が生まれた翌日にはクーデターが起こるハイチのようなケースは言わずもがなだが、時には決して愚かではない国民が一時の激情に流されて己の主権を手放したりもした。それはフランスにナポレオンの帝政をもたらし、ドイツではヒトラーを絶対権力者に押し上げて、そしてドイツの国土は灰となった。
 そうしてみれば、民主主義というのは高度に成熟した国民のもとでは一番マシな政治体制なんだろうと思う。

 これは別に「アラブ人が民主主義を運営できるほど人種的に賢くない」と言いたいわけじゃない。民主主義が根付かない理由には宗教や部族や生活習慣といったこの民族特有の伝統的な環境要素も絡んでいるんだろう。それにぶっちゃけ、平和なうちはどんな政治体制でも良いとさえ思う。
 しかしチュニジアやエジプトでは暴動によっていとも簡単に政治体制が崩れた。またイラクやアフガニスタンをみると、国家始まって以来の国難にあっていまだに所属軍閥や部族、そしてアジテーターと変わらない宗教指導者のもとで自分たちのローカルなコミュニティーの利権のみを要求して他のコミュニティーとの対立を続けている。周りには国家解体を目論んでいるテロリストが跋扈しているというのに。
 日本では生活が酷く困窮した太平洋戦争末期に革命は起きなかったし、国民の期待を最大限に裏切った敗戦のあとも革命は起きなかった。その後に秩序の乱れはあっものの、吉田茂をはじめとした(評価は分かれるが、少なくとも)全国家的な視野を持った指導者が国を引っ張った。

 アラブにおける視野の狭さを目の当たりにすると、これは果たして環境要素のみの問題なのだろうか、と考えさせられるところがある。

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2011年08月21日

ぜんぶ私が悪いんです



 フカヒレの需要増加や映画『ジョーズ』の影響もあってか、かつてはそこらじゅうでサメを始末していたのに、この2,30年の間で正反対の意見が(少なくとも表面上は)叫ばれていて驚かされる。
 これは人類の進歩を示しているのか?私は必ずしもそうではないと思う。例えば戦中日本においてある新聞は「暴支膺懲」を理由に日中戦争に肯定的な論陣を展開したが、戦後はもっぱら非武装の論調を展開した。「戦争肯定から戦争否定へ」、これは一見すると進歩に見える。しかしその内実は単なる先制武力行使の否定であり、逆に武力行使を受けた際の国民の生命・財産に対してはまったく無責任な(つまり国民が虐殺されたり、家を焼き払われたりしても「そんなことは知りません」といった)態度だった。これはとてもじゃないが進歩とは言えない。針が逆に振れただけの話だ。

 近年の生物保護の動きもこれとまったく同じとまでは言わないが、一部はこれと似たような要素を持っているとは言えないだろうか?例えば捕鯨問題なんかはその典型だと思うわけだが。
 このサメの記事に関しても、テーマは「サメが人間を襲う(客観的な)原因」であるはずなのに、何故か話は「容赦なくサメを攻撃してきたのは人間の側だ」と関係の無い方向に展開されたり、と「人間は完全なる加害者」といったニュアンスが認めらる。そもそも事の原因を「人間がサメのテリトリーに侵入したからだ」と結論付けるのは安直過ぎるだろ?サメは古生代(約4億年前)から生存しているんだ、そんなこと言い出したら進化論的に新参者である人間なんてどこ行っても「侵入者」であり「原因」じゃないか、バカバカしい。人類は誕生前からヒールかよ。
 原因ってのはそんな安直なレベルで出すべきではなくて「人間のどのような要素がサメを攻撃へとかりたてるのか」とか「サメの活動エリアが季節や周期でどう変化するのか」といった具体的な解決策につながるレベルにまで落とし込むべきだ。

 「どちらに非が有るか」なんて見方はくだらない上に何の解決策にもならないよ。

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2011年08月16日

NHK ニュースウォッチ9

 終戦記念日である昨日、NHKのニュースウォッチ9で半藤一利氏が出ていた
 氏の著作である『昭和史』は面白い作品であるし、戦時日本の降伏にいたる道程を描いた壮絶な映画『日本のいちばん長い日』は実は氏の初期作品が原作となっている事を知って「これは親族の七光じゃなくて実力だな(親族には夏目漱石がいる)」と感じたことがある。

 ニュースウォッチ9では「原発を推進する組織と戦中の日本軍には共通の考え方が有る」という半藤氏の意見を紹介していたが。この意見は正しいものの、その紹介の仕方がマズい、と感じた。
 番組では「戦艦大和の建造時に、多数の航空機による攻撃を想定しなかった」ことと「原発の安全対策において、全ての電源喪失を想定しなかった」ことを対比させていた。確かに原発停止後の頼みの綱であるディーゼル発電機が停止するケースを想定していなかったのは安直の極みである思う。しかし戦艦大和のケースについては2点の(原発におけるよりも)納得できる事情が有る。
 1つは日露戦争後の海軍軍縮条約によって武装艦船の保有数を(米英よりも)制限されたことで1隻あたりの能力を追求する(巨艦化)方針がとられた点。但しこれについては保有艦数の割合は列強の海洋分割が前提となっており(そのため西太平洋のみを獲得した日本の保有艦数は、東太平洋&西大西洋を管理するアメリカと、東大西洋&インド洋を管理するイギリスと比べて少なくなる)、その意味で建艦意欲を露にすること自体がそもそも愚かだったと言えるかもしれない。
 もう一つは、大和建造当時に航空機が戦艦を撃沈できるとは誰も考えなかった、という点だ。そのため攻撃的な空母運用思想も当時は無く、これは山本五十六が真珠湾攻撃で初めて実現させたものだ。陸から遠く離れた海上で多数の航空機で攻撃をしかける思想がそもそも無かったのだから、この主張は結果論に過ぎる。

 戦艦大和の建造を例に挙げるなら他にうってつけのものがいくらでも有るだろうに。例えば真珠湾攻撃がまさにそれで、海軍首脳は真珠湾攻撃後の事態をまったく考えていなかった節が有る(それによってアメリカが屈服した場合もしなかった場合も)。そもそも本土から遠く離れたイチ海洋基地が落とされただけで、アメリカほどの大国が講和に逃げるわけが無い。逆に当時のアメリカは第三次ビンソン法で武装艦船の大増産体制に入っており、一方でナチスドイツの海軍力は無視できる程度なので海軍は太平洋に注力できる。その上当時のアメリカの工業生産力は日本の約20倍もあったわけだから、逆に「やってやろうじゃねーか」となるに決まってる。これこそ「起きてはいけないこと」が「起きないこと」に挿げ替えられた典型じゃないか?

 しかしその後に述べられた「現在の震災復興の動きは戦後復興とは違って国民の一体性が感じられない」という意見にはその通りだと感じた。同じ番組で取り上げられていた被災者の一人が「自分たちの力で、自分たちの考えで復興しないと駄目。今はみんな指示待ちの状態なの。これがいけない。」と述べていた。原因はこれなんだろうと思う。
 今、人々は口をそろえて「復興が進まないのは政府のせい。政府はあてにならない」と言う。そのくせこの人たちは政府に1から100までやってもらいたいんだ。これはなんという自家撞着だろう。この思考は「逃避」であって、そこから復興の活力が沸いてこないのは自明のことだ。

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2011年04月02日

情けなくて情けなくて


 なんかもう、情けなくて涙が出てきたわ。

 これまで燃料棒冷却のために海水をバンバン注水し、またその間も(空気中の放射線濃度から)圧力容器の損傷が疑われていたわけだから、汚染された冷却水が外部に漏れる危険性は当然認識できたろう。
 そうしたら施設外の設備で高濃度の放射線を発するたまり水が発見された段階になって「仏に汚染水処理専門家派遣を要請」って、お前ら専門家もいなくて今まで何ノンビリしてたんだよっ!

 聞くところによると、福島第一原発の被害が明らかになった直後の11日未明に米政府が原子炉冷却に関する技術的な支援を申し入れたのに対し、日本政府はこれを断っていたらしい(讀賣)。断った理由についてだが「当初は東電が『自分のところで出来る』と言っていた」と政府筋は弁明しているようだ(讀賣)。たしかNHKの報道でも「東電側が申し入れは時期尚早と判断した」という形で報じていた気がする(世間的には東電糾弾の機運が高まっているからそのまま鵜呑みにはできないかもしれない)。東電側が何故そのように判断したかというと、アメリカ側の支援は原子炉の「廃炉」が前提だったからだそうだ。
 東電側とすれば原子炉はできるだけ再利用したい、政府とすれば震災発生直後の段階では原発を巡る情勢がこれほどまでに深刻化するとは(つまり東電がこれほどまでに無能だとは)考えていなかっただろう。だからこの時点の両者の思惑はある程度理解できるものであり一方的に誤っていたと糾弾するのは結果論にすぎる。

 しかしその後の展開についてはそうは言えない。結局冷却系の電力を全く得られないため、東電は12日夜の段階で海水の注水を決めた(日経)。海水には不純物が多量に含まれている上に原子炉の錆を誘発する。つまりこの時点で事実上の「廃炉」が決断されたわけだが、その後東電は何をやったのか?裏では電力回復策の検討を行っていた事だろうが、実際やったのは日本中から放水車かき集めてバンバン水をかけただけだろ?しかも放水能力が低くてほとんど役にも立たない警察の放水車両まで呼び出して無駄に隊員の命を危険にさらしたりもしたわけだが、傍から見ていると明らかに「無策」がにじみ出ていた。策がないんだったら、なぜ「廃炉」を決断したこの段階で外部への支援要請を積極的に行わなかったんだ。政府も東電も揃ってマヌケしかいないのか?
 ああ、なんだか潜水艦「クルスク」を巡るロシア政府の愚行とダブって見えるわ。

 その後20日になってようやくアメリカ(米軍)との共同対処を行う可能性が出てきたが、これはアメリカ側が強く参加の要請を行ったためらしい(産経)。この時点で既にアメリカでは放射能対策の専門部隊が待機していた。で、その部隊はその後現場で活躍したのか?22日の党災害対策本部会議で「みんなの党」の渡辺喜美代表は「なぜこの期に及んで(米軍放射能対策専門部隊の)支援を求めないのか。」と政府を非難している(産経)。つまり2日たってもまだ待機させていたわけだ。もう死んでくださいよ、あなた方…。
 恐らく政府としては現場の混乱で受け入れ態勢が整えられなかったんだろう。誰か使える奴はいないのか…?
 その間東電は米軍からどんな支援を受けていたかというと、「米軍から放水車の操作を教わ」っていたんだそうだ。お前は水をかけることしか能がないのか?

 今ではパニックのあまり自力の放射能計測すらままならない
 嗚呼、一体だれがこんな無能に原発を預けたんだ・・・。


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2011年03月31日

何がそこまでさせたのさ


 テロップ一つでクビとは、日本のマスコミ関係者が耳にしたら発狂しそうな処遇ですね。
 何がそこまでさせたんだろう?

 ロシアとセルビアの関係は第1次大戦前から密接に結びついていたのは知っている(当時はロシア帝国とセルビア王国)。しかしそれは汎スラヴ主義がまだ現実味を帯びていた時代であり、ロシアがスラヴの保護者を自認していた時代だった。
 この地域の外交史には疎いんだが、当時と比べて現在ではだいぶ状況が違うんじゃないか。第一にロシア帝国・旧ソ連時代の領邦は次々と独立し、クレムリンはベオグラードから遠く離れてしまった感がある(彼らの間には西欧とロシアが綱引きを演じているウクライナが広く横たわっている)。そして今のロシアはスラヴの結束に積極的であるようには見えない。

 しかしセルビアもそれ以降状況が激変した経緯がある。一時はチトーのもとで安定していたかのように見られたユーゴスラビアは冷戦終結後に次々と分裂し、クロアチア、アルバニア、モンテネグロの独立でセルビアは再び海への出口を失って魅力のない内陸国家に逆戻りしてしまった。この辺はオーストリア=ハンガリー帝国の亡霊が憑りついたかのようだ。
 そしてコソボを巡る係争で、セルビアは西欧から完全に孤立してしまった。こうなると頼れるのは欧米と一線を画し、そしてかつての保護国であるロシア以外にない。この意識はセルビアの国民レベルにまで浸透しているのではなかろうか。

 であればその重要なロシアとの関係にいささかなりとも傷を入れかねない事件に敏感になる心理も頷ける気がする。

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2011年03月28日

「戦い方」を知らないだけだよね?

 さすがは「学級会内閣」。


 外交は複雑なものであり、近隣諸国との友好関係は維持する必要があるが、同時に(近隣であるだけに)主権の係争事案は必ず存在するわけで、その点の国益獲得を目指せば必然的に緊張関係も生じる。つまり感情の交わり(理解)もあれば、合理的で怜悧な打算もあるわけだ。この点は流石にこの馬鹿も分かっているだろう。
 日本の外交関係者(遂行者)は外交については十分に理解しているものの、それを活用した「戦い方」には疎いのではないか?あまりに狡猾な打算に突っ走って息を吐くように虚言を吐く隣の某大国のように振る舞えば逆に国際社会の信用は失われるが、ある程度の緊張関係を覚悟した怜悧な外交活動も時には必要なんじゃないか?単に「いい人」なだけなら国益は守れませんよ?

 今回の学級会内閣の方針決定はもしかして以下のように行われたのかもしれない。

 「露軍機が領空に接近しただって!?」
 「恐らく自衛隊と米軍の協同活動内容を偵察しに来たものと思われます」
 「ロシアは今回の震災で我が国に物的支援行っているので抗議されにくいという判断もあるのでしょう」
 「さてどうしたものか・・・」
 「・・・」
 「援助を受けていて抗議しにくいから今回はなかったことで!」

 とまあ外交関係者が深い外交知識を持っていると仮定して、これを今回のアホな結果と結びつけるとこんな漫才のようなストーリーになってしまう。途中までドラマ「ザ・ホワイトハウス」のように展開しているのに、最後の最後で日本のアホな政治ドラマと化してしまうところが非常に残念でならない。

 今回の場合、「支援を受けているから抗議しづらい」と考えるべきではなくて、「自衛隊が人命救助に全力を挙げている事を分かってこのような軍事行動をとっているのか!」と受難者である点とロシアの反倫理的打算を最大限にアピールしながら抗議を行えばロシアが「逆切れ」しづらいことに目を向けるべきだったんじゃないか。
 一方で政治家と軍人は大災害発生時の国防体制について事前に真剣に考えておく必要がある。

posted by エッカル at 02:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

全員クビだな

 炉心停止後の安全対策が悉く機能不全に陥って「一体どこが「安全対策」なんですか?」という状態が発生したり、複数の原子炉建屋が水素爆発で吹っ飛んだり、燃料棒が何度も空焚き状態になったり…、と、ここ最近の福島原発を取り巻くハプニングの連続で、ちょっとしたことでは動じない図太い神経を東電さんに養って頂きましたが、またハプニングです。


 3号機で作業にあたっていた作業員3名が被曝した件で、東電は1号機のタービン建屋地下の水たまりから高濃度の放射線を検出しながら作業員への周知を怠っていたとのこと。一体どうやれば「怠れ」るんでしょうか?このような命に関わる重要情報の共有を。
 それも3名のうち2名は「くるぶし丈しかない靴」を履いていて、それで被曝したらしいじゃないですか。建屋内に水がたまっていることは予め分かっていた話なんだから、そこに向かう2人を止める奴は誰もいなかったのか?普通言うだろ?「靴!靴!」って。
 情報を知ることで作業員が躊躇することを恐れて敢えて伏せた、なんてことはまさかないでしょうが、もしそうであれば事態収束のために人的犠牲に対して冷厳となったという事にある意味感嘆させられるところですが。

 それにしても東電は原発の危機管理に関してどれほど深く考えていたんだろうか?今回のドタバタ劇(不謹慎な表現?)を見せられるとどうも安全対策が杜撰だったように感じてしまう。とても原子力を扱っているとは思えない。別に今回の大地震や大津波などの具体的な災害内容まで事前に想定しろとは言わないが、炉心停止後に用いるディーゼル発電機が故障する可能性くらいは想定しとくべきだろ。仮に地震発生により炉心が(計画的に)停止したのなら震災で交通機関がマヒしている可能性があるのでポンプ車の派遣は難しいだろう、一方で炉心が停止しているので独自に電力は確保できない、では事前にどういった対策を講じておくべきか?とか、そういった点まで普通考えるもんなんじゃないの?だって核だよ?マッチじゃないんだよ?
 どうもハードの安全性能(確かにこれは高かった)に安心してソフト面の配慮を怠っていたとしか思えない。この他にも東電は計画停電についてもバタバタした経緯があるわけで、国民感情からすると幹部は全員クビだろ。

 福島原発の今回の件で「原発廃止」の声が一部であがっているらしいが、国内の必要電力をまかなうために原発抜きでは相当厳しいだろう。現在でも年間約3000億kWhと、国内消費電力のおよそ3割を原子力でまかなっているわけで、これを自然エネルギー(ソーラー、水力、風力)でまかなうことは無理だろう。発電コストが高いからだ(原子力発電の約2倍はかかる)。一方石炭や天然ガスは発電コストは安いが、こいつらは空気を汚す。日本の電力消費量は今後も伸び続けると予想されているので、原子力発電の重要性はますます大きくなっている。

 しかしいずれにしても東電による原発運営はこれ以降は難しいんじゃないだろうか?東電に限らず民間企業はどこも原発運営に二の足を踏むだろう。となると「国営」ということになるんだろうか?

posted by エッカル at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

そうは言うものの…


 国際原子力機関(IAEA)はそう言っているが、私はなんだか心配になってきた。

 福島原発の事態収拾に中心的役割で対応しているのは東京電力の所管部署なんだろうが、事態が時間の経過とともに深刻化しているのは、当初は現場の混乱や作業環境の劣悪さが原因なのではないかと考えていたが、今では「対応を指揮する人間が無能なんじゃないか」と思えてきた。

 1号機の建屋が水素爆発で吹っ飛んだことを受けて、似た状況にあった3号機に対してなんらこれの対策を講じず、3号機でも水素爆発が発生した。
 また当初冷却系が機能していた2号機について、冷却系が機能しなくなる可能性は事前に指摘されていたにも関わらず、実際冷却系が機能しなくなってから大慌てし、しかも2号機は一時炉心の燃料棒が冷却水から完全に露出する状態が2時間ほど続いた。その原因が「職員がパトロールに出掛け目を離したすきに、注水ポンプの燃料が切れて停止した」という、何ともお粗末なものだった。LEGOで作られた「自動車工場」を相手にしているんじゃないんだぞ?
 また今日0時過ぎには2号機の炉心燃料棒が再び冷却水から完全に露出する状態が発生し、その原因は炉心格納容器の圧力が上がったためだという。
 そして現在では、たび重なる露出によって燃料棒の溶融が進んだことで格納容器が破損した可能性が浮上し、事態は最悪の結果が視野に入ってきた。

 こういう非常事態にどういった対応を行うのか、その方針はよくわからないが、事態が事前に予想したものよりもはるかに上を行くのであれば、担当者はあらゆる可能性を考慮して先手を打つ必要があるだろう。これが大変難しいのはわかるが、これまで見られた度重なる事故は、少し考えればその発生が予見できるレベルのものが少なくないのではないか?これは(現場担当者によるミスも当然あるだろうが)どちらかといえば対応を指揮するブレーンの問題のように思える。指揮担当者は事前に考えられうる深刻な事態をMECEで洗い出して、個別に検査方法や対策方針を考え出す論理実験を全く行わなかったのだろうか?傍から見ていると場当たり的に対応しているようにしか見えない。
 恐らく災害時のマニュアルのようなものはあったのだが、今回の震災はこのマニュアルが前提としている事態をはるかに上回り、結果手探りで対応することになったことが原因なんだろうと思う。マニュアルも必要だろうが、こういった事態に柔軟かつ的確に行動できる速戦即決の思考力も鍛える必要があったろう。「マニュアル人間」はそれを上回る事態では役に立たない事が多い。

 現在株価が下落している。今回の原発における不手際も下落要因の一つだろう。また原発の対応にあたって既に何人もの関係者が被爆している。円滑に対応していればその人数は少なく抑えられたかもしれない。このゴタゴタのせいで各方面に影響が出ている。
 菅総理は東電側の連絡の遅さに激怒したという。そして同時に自身を本部長とする政府と東電との統合本部を設置した。また一方で政府は米原子力規制委員会(NRC)に事態収拾のための支援を正式に要請した。この2点は何を意味するか?それは政府側が東電側事態収拾部局を「無能」と認め、自身がイニシアティヴをとって東電以外の外部機関(米原子力規制委員会)も交えて対応していく意志を固めたことに他ならないのではないか?

 悔しくないのかよ東電!

 しっかりしろよ東電!
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2011年03月14日

馬鹿犬ども



 輪番停電の実施が発表されたね。実施自体は仕方ないんだろうと思うが、事前に実施地域の報告はできなかったんだろうか?これは不手際の感は否めないが、原発の緊迫した状況もあって、東電でもかなり混乱した状況なんだろう。これは理解できる。

 しかし個人的に目障りなのは、輪番停電実施報告時に東電広報に狂犬のようにかみつく馬鹿犬(記者)ども。さっきから広報が「第5グループのうち、茨城県と静岡県の一部で停電を実施」と言っているのに「第5グループの中で茨城県と静岡県が停電しているのか?」って馬鹿か?ちゃんと聞けよ。また広報が「速報性を重んじて、停電地域は精査中ですがご報告させて頂くためにやってまいりました」と言ってんのに「どこが停電してるんだ!」ってわざと困らせてんのか?広報困らせて何の得があるんだよ?東電以上にお前らが冷静になれよと。

 この記者会見の内容はNHKで流れていたんだが、その後NHKの報道デスクで「先ほどの会見を要約すると…」とサマリが流されていて、これが的確なんでずっこけた。NHKがこの馬鹿犬どもに要約してやれよw。

 昨日は菅総理の国民へのメッセージの後に「なぜ我々に質問させずに引っ込むんだ」みたいな野暮や発言をしたバカもいて心底呆れた。こんな低いレベルだったら記者会見に記者は必要ないんじゃないか?

posted by エッカル at 18:08| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月10日

今さらTPPの話

 菅さん、今回は本気なんだろうか?

13日から日米TPP協議、正式発表
 日米両政府は7日(日本時間8日)、全品目の関税の原則撤廃を目指す環太平洋連携協定(TPP)をめぐる初の2国間協議を1月13、14の両日、ワシントンで開くと正式発表した。最重要相手国の米国との協議が始まる。TPP参加の是非を検討している日本にとっては貴重な情報収集の場となりそうだ。

 米側は通商代表部(USTR)のカトラー代表補が議長を務め、国務省などからも担当者が参加。日本側は外務省の八木毅経済局長が議長を務め、経済産業、農林水産両省の幹部も出席する。両政府は2日間にわたり「日米貿易フォーラム」を開催。中国が輸出割当量を削減しているレアアース(希土類)をめぐる連携強化策も話し合う。

 ただ農業分野の関税撤廃や米国産牛肉の市場開放など日本の交渉参加の障害となる問題をめぐり、日米間で駆け引きが行われることも予想される。(共同)

 個人的には、経済のグローバル化がここまで進んでしまうと、国際競争に勝ち残るためにはTPPに加盟するほかないんじゃないかと思う。

 TPPのもとでは加盟国間で農産物や工業製品の関税が原則撤廃される。そのため輸出製品に関しては価格競争力が増すわけだが、日本がこれに加盟しない場合、電機や自動車などの輸出の主力産業で苦戦を強いられることになるだろう。ライバルである韓国はアメリカをはじめとした国々とすでに自由化交渉を進めているといわれている。海外交易で食っている国なんだからこれは大いに痛手になる。逆に日本がこれに加盟すれば、関税撤廃による価格競争力の強化で世界シェアの増大につながるだろう。また国内産業を見ても、原材料費の低下によって消費者にもメリットは大きい。

 問題となっているのは農業だ。

「農業生産の縮小で食品加工産業は仕事の無い日本を離れ、国内総生産の7兆9000億が吹き飛び、340万人が失業する」

 これはTPPの加盟によって農業崩壊のシナリオを描く農水省の主張だが、数十年前の日米貿易摩擦の時と言っていることがあまり変わらない。お前らは今まで一体何をやっていたんだ。
 日本を一つの企業と捉えた場合、農業は不採算部門のようなものだ。平成20年の日本の農家の総産出額が8兆4000億だったのに対して、パナソニックが予想する平成23年3月期の連結売上高は8兆9000億。しかも農業就労人口が約260万人なのに対してパナソニックグループの従業員数は約38万人。6倍以上の就労人口を抱えておきながら産出額が1企業の売上高にも及ばない。これが日本農業界の現実だ。
 しかし農業が利益を上げられないのは宿命などではない。効率性がひどく悪いからだ。経済同友会の試算によると農業所得のみで時給換算した場合、作付面積3〜5ヘクタールの稲作農家だと時給2000円と利益が出ているのに対し、0.5ヘクタールの農家だとマイナス100円と赤字に転落する。平成20年の日本の平均所得(547万5000円)を上回る事が出来るのは10ヘクタール以上の農家に止まる、とのことなんだが、大半の農家の作付面積は1ヘクタール以下だ。これでは採算は取れない。実際こんな状態でやっていけるのは兼業農家だからで、転売目的のキャピタルゲイン待ちの農家もいるようだ。これだと農業の収益性が上がらないのは当然だ。今すぐにでも農地を集約して大規模専業農家で生産を行う構造を作るべきだ。

 これに対して、農地集約を行って産業的農業を展開しても途上国で生産される作物より安くはできないから無駄だ、と指摘する人がいるかもしれない。確かに価格では負けるだろうが、ではそういう人は価格だけで食品を購入しているんだろうか?
 アジアや欧米にコメを輸出しているJA秋田おばこ(秋田県大仙市)では契約農家を当初の4軒から80軒に増やし、生産量も前年の2.5倍にあたる770トンに拡大した。なぜか?当然売れているからだ。もっと安いコメはよそを探せばいくらでもあるのになぜ売れているのか?それは消費者が価格だけで商品を選ぶわけではないからだろう。味や品質の面から見て、日本の農作物は世界でも十分勝負できる。

 農業界からはTPP加盟によって農業崩壊を危惧する声は聞かれても、収益性の改善のために構造改革を求める声はほとんど聞かれない。長年の保護農政のおかげですっかり「萎えた」と見える。
 食料自給率の低下を理由に加盟反対を唱えているが、生産効率や品質維持・向上などの改善で国際競争力が増せば、それだけ国内でも勝負できるわけだから食料自給率の向上にもつながるし、日本が農作物を主要な輸出商品とする生産体制が整えば、おそらく将来やってくるであろう食料危機にも対応できる潜在力を備えることにもつながる。これは言い訳にはならない。
 そもそも減反を行って米価を高く調整することでようやく農家の収入を安定させているのが現実なんだ。つまり生産量を減らして収入を維持しているわけだが、これが異常な事態だとわからないのか?こんな歪んだ構造がいつまでも続くわけがないだろうが。早晩沈んでしまう泥船に乗っていながらまだ甘えるつもりなのか?
 やる気がないんだったら専業指向農家に農地を売って、さっさと退場していただきたい。

 「経営の神様」と呼ばれたP.F.ドラッカーは著書『経営者の条件』に以下のように書いている。

 長年の間、アメリカ農務省は、根本的に相容れない2つの価値観に身を裂かれてきた。その一つが農業の生産性の向上であり、もう一つが国のバックボーンとしての家族的農場の維持だった。前者が目指すものは、高度に機械化された大規模事業としての産業的農業だった。後者の目指すものは、保護された非生産的な農民による郷愁的な農村だった。
 少なくともごく最近まで、アメリカの農政はこれら2つの価値への取り組みの間で揺れ動いてきた。その結果残ったものは膨大な支出だった。

 何か今の日本を指摘しているように感じるのは自分だけだろうか?加盟反対の意見には、農村における古来のコミュニティのあり方を維持したいという願望が根底にあるのかもしれない。
 農水関係者が主張している主な加盟反対理由には対応策がある。しかし農産物の自由化を認めればかつての郷愁的農村は維持できない。古来より日本人を育んできた農村文化の(あの郷愁的な)香りが失われることを、むしろ個人的には気がかりに思う。


【参考】
【問われる開国−TPPの衝撃】(上)生き残れるか、食料争奪戦 日本企業に求められる「戦える素地」
【問われる開国−TPPの衝撃】(中) 利益を生む「構造改革」
【問われる開国−TPPの衝撃】(下) 農業戦略、産業界にも責任

posted by エッカル at 19:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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